バイデン米大統領は2月4日、就任以来初となる外交方針を発表し、同盟国重視と世界への関与を打ち出し、米国の伝統的な価値観外交に回帰することを明確にした。だが、懸案のイラン問題には言及がなく、またトランプ前政権で強力な同盟関係を誇示してきたイスラエルとサウジアラビアに対する軽視の姿勢が浮き彫りになった。中東の相関図は大きく様変わりすることは必至だ。
テヘラン市街地(BornaMir/gettyimages)
イランを無視した理由
今回の外交演説を注視していた国で一番拍子抜けしたのはイランだろう。トランプ前政権はイラン核合意から一方的に離脱し、イランに厳しい経済制裁を加えてきた。米無人機の撃墜やペルシャ湾のタンカー攻撃事件に加え、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が昨年米軍に暗殺され、イランが弾道ミサイルで報復するなど軍事的な緊張も激化してきた。
だが、米国による制裁で収入源の石油輸出が激減し、イラン経済は悪化を続け、インフレ、失業、通貨リアルの下落など苦境にあえいでいるのが現状だ。これに新型コロナウイルスのまん延が追い打ちを掛け、国民の我慢も限界に達しつつある。このためロウハニ政権は一日も早く経済制裁が解除されるよう求め、バイデン政権の誕生を心待ちにしてきた。
一方でイランは国会が、合意に規定された上限を大幅に超える核濃縮活動の拡大と、国際原子力機関(IAEA)の査察制限などを政府に義務付ける法案を可決、核開発を取引材料にして、欧米への譲歩を迫っている。制裁解除に動かなければ、核爆弾開発への道を進むという“脅し”である。法案の発効期限は2月末だ。
ロウハニ政権としては、バイデン氏が大統領選挙期間中からイラン核合意への復帰に前向きだったことから、すぐにでも何らかの提案があるのではないかと期待してきた。だが、新政権からは一切動きがなく、焦燥感を強めていた。こうした状況の中でのバイデン大統領の外交方針演説だった。しかし、バイデン氏はイラン問題には全く触れず、イランは無視された格好になった。
米側の基本的な立場は「イランが核合意の順守に戻ることが先決だ。そうすれば米国も同じようにする」というものだ。これに対し、イランは「一方的に理由なく離脱したのは米国だ。なぜイランが先に善意を示さなければならないのか」(ザリフ外相)と主張、あくまでもボールが米国側にあることを強調している。
ブリンケン米国務長官は5日、英独仏3カ国の外相とオンラインで会談し、イラン問題を協議した。これに先立って米政府の安全保障関係の高官会議でもイラン問題が話し合われたという。ホワイトハウスのサキ報道官は「核だけではなく、他の懸念分野に対処する合意」を模索していることを示唆した。
これは新政権が核開発の抑制に加え「イランの弾道ミサイル開発の規制や、イラクやイエメンの武装組織への支援停止を盛り込んだ広範な合意を狙っていることを示すものだ。バイデン氏が外交方針で無視したのはイランをイライラさせ、譲歩を引き出し易くするため」(ベイルート筋)と見られている。バイデン政権の外交・安保チームがプロ集団で形成されていることを考えると、こうした見方も的外れではない。
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