精神疾患がある50代の女性が長崎市の免職処分を巡る訴訟に勝訴し免職が取り消されたにもかかわらず、訴訟のために女性が成年後見制度の保佐人を付けていたことを理由に市が失職させていたことが判明した。市は、後見人や保佐人を付ければ失職するとした地方公務員法の欠格条項を適用したが、女性側は欠格条項は憲法違反として、市と国を相手に地位確認や国家賠償を求める訴訟を長崎地裁に起こした。
認知症や知的障害、精神障害がある人たちが成年後見制度を利用して後見人や保佐人を付ければ失職するとした欠格条項は、多くの法律に存在した。人権侵害との批判が強まり、国は2019年に地方公務員法などから欠格条項を一括削除した。市は条項が削除される前にさかのぼって女性を失職させており、女性側は、条項は職業選択の自由や法の下の平等に違反すると主張。国会が長期にわたって欠格条項の削除を怠ったとして国に110万円の損害賠償を求めている。
提訴は5月19日付。訴状などによると、女性は1987年に市に採用され、92年ごろ統合失調症を発症した。2015年12月ごろから症状が悪化。担当する事務は問題なくこなしたが、1人でにやにやするなどの奇異な行動をするようになった。16年3月、上司立ち会いの下で退職願を提出し、依願免職となった。
女性側は父親らが弁護士に相談し、市公平委員会に審査請求したが却下され、18年3月に免職取り消しを求めて提訴。21年3月の長崎地裁判決は、女性は統合失調症のため、公務員の身分を失うという重大な結果をもたらす意思表示をする能力がなく、退職願は無効とし、免職取り消しを命じた。福岡高裁は同年10月に市の控訴を棄却した。
しかし、同年11月の判決が確定した日付で「保佐開始となった18年9月21日付で失職し、登庁の必要はない」とする市の通知が突然送られてきた。女性側は、市公平委の裁決で「仮に女性に意思能力がなければ、弁護士への委任や審査請求は無効になる」と指摘されたことを踏まえ、免職取り消しを求めた提訴後の18年5月に成年後見開始を申し立て、同9月21日に長崎家裁が審判し、父が保佐人となった。当時は地方公務員法から欠格条項は削除されておらず、市はその時点までさかのぼって適用した。
父親によると、女性は免職後、入院して投薬やリハビリを受けて回復し、現在は落ち着いているという。父親は「病気になっても回復すれば働ける。差別的だと非難され削除された欠格条項を、さかのぼって一方的に押しつけてきたのは許せない」とし「娘と同じように失職させられたり、失職を恐れて成年後見制度が使えなかったりして苦しんだ人は多いはず。欠格条項の違憲性を問いたい」と話している。
長崎市人事課は毎日新聞の取材に対し「訴状が届いていないためコメントできない」と答えた。
欠格条項を巡っては、岐阜地裁が21年10月、警備業法から削除される前の条項を違憲と判断し、国に10万円の賠償を命じている。
人権侵害と問題視されてきた欠格条項
明治期から続いた旧「禁治産・準禁治産」制度を引き継いで2000年に始まった成年後見制度は、判断能力が不十分な認知症の高齢者や知的障害、精神障害がある人たちの財産や権利を守るものだ。しかし、制度利用者が職を失う欠格条項がかつて多くの法律にあり、14年に日本が障害者権利条約を批准するなど障害者差別をなくす流れが強まる中、人権侵害などと問題視されてきた。
16年には、成年後見制度利用者の人権尊重や不当な差別防止を掲げた利用促進法が成立。地方公務員法の欠格条項については、内閣府の有識者委員会が17年、心身の故障で職務に支障がある場合に本人の意思とは関係なく休職や免職にできる分限規定などが既に整備されているとして「削除すべきだ」と提言。19年には、公務員や医師、弁護士、法人役員、警備員などに関連する187本の法律から欠格条項を削除する一括法が成立した。
自治体では、兵庫県明石市が16年、後見人や保佐人が付いても失職させないとする条例を制定した。成年後見制度に詳しい新潟大の上山(かみやま)泰教授(民法)は「(成年後見制度の利用の前提となる)財産管理をするための判断能力低下と、従来通り仕事ができるかは別の話なのに、制度を利用すると問答無用で失職するのが欠格条項の問題だ」と指摘する。
長崎市はこうした流れに逆らうように21年11月、女性に「保佐開始による失職」を突き付けた。長崎地裁が、警備業法を巡る岐阜地裁判決に続いて地方公務員法の欠格条項を違憲と判断するかが注目される。
上山教授は「当事者が職を守る裁判をするために制度を利用したら失職した今回のケースは、欠格条項の矛盾が端的に表れている。訴訟が進んで、最高裁で違憲判断が示されれば、欠格条項で失職しながら声を上げられなかった他の人も含めて救済するための議論のきっかけになる可能性がある」と語った。【樋口岳大】
成年後見制度
成年後見制度 認知症や知的障害、統合失調症などで判断力が不十分な人に代わり、後見人らが財産管理や契約をする民法の制度。本人の判断能力に応じて保護の必要性が高い順に後見、保佐、補助の3段階がある。家裁が親族や司法書士、弁護士、社会福祉士らを後見人などとして選定する。公職選挙法は後見人が付いた人は選挙権と被選挙権を失うと規定していたが、2013年に東京地裁が違憲と判断し、規定は削除された。21年末時点の制度利用者は約24万人。
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