親が育てられない乳幼児を匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を熊本市の慈恵病院が開設してから5月で15年になるのを前に、ゆりかごが設置された2007年に預けられた熊本市の宮津航一さん(18)が毎日新聞の取材に応じた。里親に育てられ、今春高校を卒業。ゆりかごとは、そして家族とは何か。話を聞いた。【栗栖由喜】
「この中に入ったことがある」
ゆりかごから児童相談所で数カ月保護された航一さんを引き取ったのは、熊本市の宮津美光(よしみつ)さん(64)、みどりさん(63)夫妻だ。夫妻は当時、社会人や高校生になった男子5人の実子を育て、美光さんは特別なケアが必要な子供を養育する「専門里親」に登録していた。児相から迎え入れた当初、なかなか泣かない航一さんが転んだ時にみどりさんは「泣いてもいいんだよ」と声をかけた。
温かく育てられた航一さんだったが、実親の記憶がなく「自分の出自を知りたい」と思い続けていた。スーパーなどでベビーカーを押す母親を見かけると近寄り、母親と赤ちゃんの顔をのぞき込んでいた。ゆりかごに預けられた当時の記憶はほとんどないが、テレビや新聞でゆりかごの扉の映像や写真を見るたびに「この中に入ったことがある」と感じていた。
実母は交通事故で死亡
小学低学年の時に実母の名前が判明したが、航一さんを産んだ数カ月後に交通事故で死亡し、ゆりかごに預けられるまで別の親類と暮らしていたことが分かった。実母の墓が東日本にあることを知り、航一さんは美光さんと参った。実母宛てに産んでくれたことへの感謝をつづった手紙を墓前で読み上げて燃やし、…
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