テレビ長崎
原爆投下から76年の長崎です。 長崎市の平和公園で平和祈念式典が営まれ、多くの人が原爆犠牲者を追悼し、核兵器廃絶への思いや、恒久平和への願いを世界に発信しました。 一方、菅 総理からは、核兵器禁止条約に関する具体的な発言はなく、長崎の「被爆体験者」の救済については「現在行われている裁判の行方を注視していく」と述べるにとどまりました。 岩永 千代子さん、85歳です。 長崎市南部の自宅で原爆犠牲者を悼みました。 国が定めた被爆地域の外で原爆に遭ったため、被爆者と認められていない「被爆体験者」のひとりです。 岩永 千代子 さん 「亡くなった人たちの苦しみは想像を絶する。長すぎますね…もう疲れ果てましたね。手帳じゃないんですよ。あったことはあったこと」 原爆が投下されたときは9歳、爆心地から10.5キロの深堀村で突然、閃光と爆風に襲われました。 脱毛や歯茎からの出血、さらに50歳のころには「甲状腺異常」と診断され、2007年には仲間たちとともに被爆者健康手帳の交付を求めて裁判を起こしました。 第1陣、第2陣ともに最高裁で敗訴が確定しましたが、長崎地裁に再提訴し闘い続けています。 そんななか広島高裁は、原爆投下直後、放射性物質を含むいわゆる「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたと主張した原告全員を、被爆者と認めました。 「援護区域」の外にいた人を被爆者と認めただけでなく、雨を浴びていなくても内部被ばくによる健康被害を受けた可能性も指摘しています。 岩永 千代子 さん 「(調査・研究)機関をつくって内部被ばくがあるんだと(調査を)私たちが言ったんじゃない裁判官が言っているんですから、これを重要視することは被爆地の責任だと思う。もっと真剣に取り組まないと、また核を使いますよ」 判決は確定し、菅 総理は「同じような事情」を持つ人々の救済に踏み込んだ談話を発表していました。 しかし、長崎を訪れた9日、「被爆体験者」の救済には言及しませんでした。 「あなた何なの…ははは まったく一言も言わない。何しに来たの全然、一言も言わない。頭が脱毛してまもなく死んだ降ってきた灰で遊んだ、集めたなど証言をしているんですよ。絶対に内部被ばくだと思う。恥ずかしいね」 岩永 さんは長年続く、核兵器の恐ろしさや過去の教訓と向き合うことの重要性を強調します。 岩永 千代子 さん 「埋もれた人たち埋もれた人たちをどうするんですか、慰霊式の記帳にも載っていない。歴史から消し去ってはいけないというのはそのことなんですよ」
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