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Wednesday, June 9, 2021

将棋愛の詰まったミステリー短編集「神の悪手」 作家・芦沢央さんが刊行 - 東京新聞

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著書「神の悪手」について話すミステリー作家の芦沢央さん=東京都新宿区で

著書「神の悪手」について話すミステリー作家の芦沢央さん=東京都新宿区で

 「同じ棋譜は二つと存在しない」という将棋の特徴を利用したアリバイトリックとは? 才能にあふれる小学生が2度も詰みを見逃した理由とは? 将棋を題材に、魅力的な謎の数々をちりばめたミステリー短編集『神の悪手』(新潮社)を、作家の芦沢央さん(37)が刊行した。「取材するうちにどんどん将棋が好きになり、引っ張ってもらうように書き上げた」という“将棋愛”の詰まった一冊となった。 (樋口薫)

 芦沢さんが将棋に関心を抱いたのは、プロ棋士の養成機関「奨励会」を知ったのがきっかけ。奨励会には26歳までにプロ(四段)になれなければ退会という厳しい年齢制限がある。「私自身も小説を書くという夢をあきらめられず、高校時代からデビューまで12年間、雑誌投稿を続けた。夢はあきらめなければかなうといわれるが、時に人生を食い破る『怖いもの』でもある」。他人事とは思えず、「いつかテーマにしたいと思っていた」。

 執筆のため将棋教室に通って指導を受け、定跡書を読み、詰め将棋を解くようになった。タイトル戦の現場を取材に訪れ、詰め将棋作家の若島正さんや駒師の桜井掬水さんらに話を聞く中で、将棋や棋士の魅力に取りつかれていった。

 そうして書き上げた本書では、奨励会だけでなく最高峰のタイトル戦、指導将棋や詰め将棋、駒作りに至るまで、将棋のさまざまな側面にスポットを当てた。ミステリーとしても犯人の視点で描く倒叙もの、叙述トリック、日常の謎など、バラエティー豊かな内容。「デビューからの10年で培ったものを全部出そうという思いで書きました」

 中でも最後に執筆した「恩返し」では、タイトル戦の対局前の検分で、対局者に自作の駒を選んでもらえなかった駒師の思いと、何度も主要な文学賞の候補に入りながら受賞を逃してきた自身の感情とを重ね合わせた。「ある意味ミステリーを捨てたともいえる作品。謎解きなんか、動機なんかもういいんだ、というところまで到達できた」と手応えを語る。

 ミステリーの世界では近年、長編の大作に目が向きがちな傾向があるが、デビュー以来、短編の執筆に強いこだわりを持つ。その魅力について「詰め将棋に似ているかも」と語る。「張り巡らされた伏線が一気につながって、それまで見えていた光景が一変するのが両者の魅力。もちろん長編にも挑戦したいが、短編でしか描けない世界も引き続き追求していきたい」

 執筆を通じ、作家と棋士の共通点にも思い至ったという。「一手一手を考える棋士のように、小説家も改稿を重ねるうち、一文一文で選択を迫られる場面がある。この作品にふさわしい文章は何か。不誠実な仕事をするわけにはいかないという思いで、時にリスクを取って決断していく。重なる部分を感じていました」

 最後に将棋の魅力を尋ねると、熱い思いがほとばしるように飛び出した。「一生を懸けても解明できない将棋というものに人生を懸ける棋士の姿に、ファンは励まされる。たどり着けるかは分からない。ゴールがあるかも分からない。それでも頑張るのはすてきなことなんだと気付かせてくれる。肯定感に満ちた世界だと思います」。小説の魅力もまたそうなのだと、その目は雄弁に語っていた。

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